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英語でのピッチを何とかした話〜デンマークでのアーティストインレジデンス体験記(3)〜

デンマークのアーティストインレジデンス体験記第3回(バックナンバー:第1回第2回)
今年度の応募締め切りまで数日もない(5/15追記:5/18まで延びたらしい)が普段から創作活動をしている人なら応募に必要なマテリアルは1日で揃うはずだ。既に応募した人もこれからの選考の参考にして欲しい。
第1回ではこの企画に応募して選考を通るまでの話と現地で1週目を過ごす話、第2回は他の参加者についてと2週目に受けたコンサルの話をしたが、今回はいよいよ渡航の最終目的であったピッチ(プレゼン)の話。ただ、今年の応募者の事を思って内容を考えていたらその義務感から少し気が重くなって来てしまったので、まず書きたい事について書く。

デンマーク、Viborgでの生活について

 
第1回でもこの話をしたが、ピッチについての話をする前に改めてデンマークそしてViborg市という環境について話をしたい。2週目も終わる頃にはすっかり現地での生活に慣れてきていた。講義を聞いたり自分の仕事をするThe Arsenaletと宿泊するホテルの周辺にはスーパーマーケットが3つもあったので日常的な買い物に困ることはなかった。文化水準が高く治安が良いので夜遅く歩くのも心配はなかった。Arsenaletからの帰りに閉店間際のスーパーマーケットによったついでにふらふら散歩することもあった。雨の夜なんかに古い建物が並ぶ誰もいない通りを歩くと本当に幻想的な雰囲気で自分が今そこにいるのが信じられないような気持にもなった。この国の習慣としてスーパーマーケット以外はたいてい18時くらいに閉まってしまうので土産物を探すのに少し不便に感じることもあったが、おかげで夜はいつも静かだった。(ただし、金曜日の夜は騒いでも良いという暗黙の了解があるらしく窓を開けて大音量で音楽を流してる家も見かけられた。Arsenaletでも毎週DJブースで大音量で音楽をかけていた。それにしてもそれが目立つくらいには静かだった。)土曜日は15時くらいはたいていのお店は閉まってしまうし、日曜日にいたってはほとんど営業してない。それでも経済は成り立っている。そういうの見ると東京の喧騒っていったい何なんだと思ってしまった。こっちではイライラしてる人など見かけないのだ。とても大きなベビーカーに双子か年子のきょうだいを乗せた親たちと何度もすれ違う。ここではベビーカーを邪魔もの扱いするなんて発想は誰にもない。
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宿泊していたホテルの前の通り。夜も綺麗なので遅く帰っても疲れた気がしない。

日本での暮らしを振り返る時間

 
2週目の土曜日にNipponNordicの運営を取り仕切るプロジェクトマネージャーのClemanceが自動車を1時間くらい運転して皆を海まで連れて行ってくれた。(彼女は選考における面接の相手でもあったが、英語があまりできない僕の個性や企画の可能性を信じてくれて最初から最後まで全面的にサポートしてくれたことを本当に感謝している。)現地で合流したThe Animation Workshopの校長のMorten Thorningらと一緒に静かな海岸を歩き続けると、Mortenが海を指さして「アザラシが見える」と。遥か向こうの海面に頭を出したり潜ったり繰り返してる物が確かに見えた。北欧ならではの光景だ。そしてMortenの別荘に招待して貰った。(このデンマークの別荘地というのが軽井沢の別荘地に雰囲気が似ていて逆になつかしさを感じたりもしてしまったが。)彼の別荘の庭でリンゴをむしって食べ、家の中では坂本龍一の曲聴きながらコーヒーを飲んだ。これまでの人生で最も平和な時間。そこで日本での自分の仕事とか暮らしについて思い出してしまった。日本のゲーム業界で10年以上仕事をして来た。ファイナルファンタジーのような世界的に有名なIPにも携わる事ができたし、確かにスキルアップできたと思う。僕はゲームデザインができる。Unityが使えてC#でコーディングができる。だからどうした。日本のゲーム業界の異常な競争の厳しさの中で僕に芽生えたのはリスクへの防衛反応から来る批判的な精神と異常な緊張感から来る攻撃性ではないだろうか。そのようなToo Competitiveな環境の中で夢を実現できたかというとそうではない。だからデンマークに来た。そのうえ日本のゲーム業界ときたらこれから縮小するに違いない国内市場を取り合うために熾烈な競争を繰り広げてる。(スマフォゲームの張り付き運営というのは日本でしかなない事だ。)オフィスでもTwitterでも毎日繰り広げられるマウンティング合戦。飽きた。この別荘でのMortenとパートナーの女性からのもてなしから感じたのは、純粋な善意だった。これも初めての体験なのだが、帰り際にハグした時に、何か熱いものが体の中に入ってくるのを感じた。これが「気」というものか。物理的に存在するわけではなくても、僕がそう感じてしまう何か。そしてそれは日本にはない。
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海の近くの街。どんな田舎に行っても綺麗で文化水準の高さを感じさせる。

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海に行く前にこの街で昼食。いかにも北欧という店内。

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バンズの上側がないバーガー。見た目も良いしまた美味しい。

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軽井沢に似た別荘地。

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風情ある別荘。

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コーヒーを飲んでる間そばにいてくれた猫。

第3週〜そしてピッチへ〜

 
そして3週目が始まるといよいよピッチ(プレゼン)の最終準備に入った。この段階では企画内容に新しい要素を一切追加しないようにと念を押された。僕もこれまでのゲーム開発の仕事や、CEDECなどでの発表経験からそれは理解していた。仕上げの段階では仕上げることだけに集中しなければならない。ピッチの基本的な約束ごとやテクニックについては、言わずと知れた国際アニメ映画祭アヌシーと商談会MIFAのスタッフGeraldineと、Sunny Side of the Docというドキュメンタリー作品商談会のスタッフIremが来て指導してくれた。両者とも多額の予算を動かすようなピッチをずっと観て来た人物だ。ピッチは金曜日にあったのだが、水曜日の夜には審査員がViborgにやって来て少し懇談することができた。その中にはずっと前から知っているUnity Technologiesの大前さんもいた。日本から遠く離れた所で知ってる人と会えるのはやはり嬉しいものである。しかし、その夜は2時まで残ってピッチの内容を仕上げるのに悩んでいた。そして翌日、GeraldineとIremの二人の前でピッチのリハーサルを行ったのだが、驚くことに「パーフェクト。内容については何も言うことはない。」と言って貰えた。正直ほっとした。CEDECやUniteに登壇して来た経験がここに生きて来た。一点、ゲームのテーマを印象付ける「決め」のセンテンスだけ、二人の他に色々な人の意見を貰って直す事にした。仕上げる事だけに専念していたからこそ最後の最後で細かい調整ができた。これはゲーム開発と一緒だ。また、英語で話すのがそこまで得意じゃないので原稿を綿密に用意してそれを全て暗記する事にしていた。原稿はいざという時のためにKeynoteの講演者ノートで見られるようにしているのだが、とにかく読まない。見ない。必ずオーディエンスの方を見て話すようにしてた。もしあるセンテンスを忘れてしまった時は、読まないで飛ばして次のセンテンスから話し始めるようにした。そして本番当日。大前さん以外のゲーム業界関係者は某大手パブリッシャーのヨーロッパ支社の人やArsenaletに入居する人気スマフォゲームを作ってる会社の人、北欧中心に映画に投資している会社のゲーム担当の人などがいた。それ以外はアニメ関係者や、地元デンマークが誇るLEGOの人など。このLEGOの人が水曜日に初めて会った時も声かけてくれたし、ピッチの後の質疑応答でも食いついて来てくれた。本番は特に問題なくリハーサル通りに進めることができた。この後には、あらかじめこちらから希望した2名の審査員との個別面談があった。僕は大手パブリッシャーの人と投資会社の人を選んだ。どちらかというとそっちを待つ間の方が緊張していたと思う。面談の内容についてはまた次回。

個性豊かな参加者達と価値あるコンサル体験〜デンマークでのアーティストインレジデンス体験記(2)〜

デンマークのアーティストインレジデンス体験記第2回(前回記事はこちら)
今年度の応募締め切りまで10日ほどだが興味のある人は応募して欲しい。1週間あれば間に合うはずだ。

参加者について

さて、前回は応募して選考を通過して現地で第1週を終えるまでの話だったが、僕以外の参加者について何も話していなかった。日本人及び日本在住外国人参加者枠には、芸大の大学院等で制作に取り組んで来たようなアニメーション作家が多かった。そのような人材の中には日本の有名スマフォゲーム会社で働く中国人のアニメーション作家もいたし、コロンビアから留学して来た作家もいた。また、オランダやスウェーデンやLA等海外在住の日本人アーティストもいたし、僕のように留学も経験せずずっと日本の中だけで仕事してる人間は珍しかった。(そんな僕でも選考に通ったわけだし応募の際に考慮する必要はない。)デンマーク側の参加者は必然的に地元のThe Animation Workshopの学生や卒業生が多かったが、既にインディーゲームシーンで知られるような作品をSteamでリリースしたインディーディベロッパーの社員2人組もいた。

金曜日の夜の様子。他の参加者やArsenaletの入居者と交流する時間は充分にあった。

金曜日の夜の様子。他の参加者やArsenaletの入居者と交流する時間は充分にあった。

日本人も日本在住外国人もデンマーク人も全体的にノリが良くフレンドリー。中には大人しい人もいるがそれでもフレンドリー。選考を潜り抜けてここに来ただけあって、皆余裕があり、お互いをリスペクトし合っていた。デンマーク人の参加者の中にメタルという共通の趣味を持つ人がいた事もあり、英語が上手くしゃべれない僕でも1週目を終える頃には打ち解けることはできた。また、面白いことに1週目のUnityのワークショップの時に、僕が一番Unityに詳しいという事で日本の参加者達から「師匠」と呼ばれるようになり、以後その呼び名は帰国してからも定着する事となる。

 

第2週~コンサルによる方針転換~

2週目は前の週の金曜日から引き続きAlexendre Mandryka氏のゲームデザイン講義から始まった。それ自体ゲームデザイナーとしてとてもためになる内容。そのうえ僕のようにゲームを作ろうとしている人には個人的なコンサルティングの時間を用意してくれた。そこで彼は僕の企画のいくつかの問題点を指摘した。まずゲームプレイが複雑すぎてゲームをやる前にゲームの面白さが分からないであろう事、そして僕がやりたい事だけがつまっていて、ターゲットオーディエンスの望む物が無視されている事だった。そもそもターゲットオーディエンスが誰なのかも不明瞭だった。その場でAlexendreと一緒にターゲットが何であるか、もっと分かりやすくするとどんなゲームが好きな人達かを整理していった。そしてその日の夜僕は1人でSteamSpyで類似ゲームの売り上げ等を見てマーケットポジショニングを補強し、翌日再びAlexendreに相談する事とした。その2回目のコンサルティングでも、まだマーケット分析が不十分だと指摘された。そしてAlexendreは自身が企業へのコンサルで使っているエクセルシートを見せて、どのように調べていくのか教えてくれた。それを観た時僕は「これは一朝一夕に出来る事ではない。」と感じた。結局その日の夜もまたSteamSpyとか見ながら悩んでしまったが、結論としては「Alexendreの助言それ自体はとても有益だし、引き続きマーケットポジショニングは考えるとしても、今は中途半端にそこに時間費やすくらいなら他の事やった方が良い。」という判断に辿り着いた。翌日に入居するインキュベーション施設The Arsenaletのゲーム事業ディレクターのAdonis Flokiouのコンサルを受ける時間があったので、そこでこれまでの経緯を話し僕の判断が正しいか意見を聞く事とした。Adonisも僕の判断には賛成したのだが、念を押されたのは「かと言ってプレイアブルなプロトタイプを作るような時間もないはずだ。もう一行もコードを書かずに、ダイアグラムやスケマティックによってゲームプレイを説明することに集中しよう。」という事だった。デンマークに来る前からずっとゲームのプレイアブルデモを作る事ばかり意識していた僕からすると意外な展開にはなったが、とりあえず「今何をすべきか」はそこではっきりした。プレイアブルデモは作らないにしても、ゲームのスクリーンショットのような物は欲しいので、ストーリーの要約やキャラクター紹介、ゲームメカニクスを説明するダイアグラムを作りながらもMayaでキャラクターモデルにポーズをつけてUnityのシーンでレンダリングするという作業は続ける事とした。第2週目は他にも日本のアニメ産業についての講義等があったのだが、そちらは欠席して自分の仕事に集中する事とした。結果としてこの時の方針転換や限られた時間の中での選択と集中が功を奏する。自分のゲームのアイディアや事業戦略について身内ではない同業者の意見を伺うのは正直言って緊張する事だったが、日本でただ仕事をしていたらそのような体験はできない。このようなコンサル機会こそがこのアクセラレータープログラムの価値であると言える。このblog記事を書くにあたって当時のメモ等を見返したのだが、やはりこれからこのプロジェクトの終わりまで良い影響を与えるであろう重要なアドバイスを頂けたのだと改めて実感している。(次回は5/10頃に更新予定)

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2週目の土曜日は海に連れて行ってもらえた。忘れられない思い出となった。この日の事は時間があれば改めて話したいと思う。

独立系のゲーム/アニメ作家なら絶対行くべし!〜デンマークでのアーティストインレジデンス体験記(1)〜

日本人が参加できる海外でのゲーム/アニメ系アーティストインレジデンスがひっそり行われている

2018年9月3日~9月30日に、デンマークの地方都市ヴィボー(Viborg)にて“Nippon Nordic Universe Accelerator”というアーティストインレジデンス/ワークショップが行われる。日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念の公式イベントとして昨年から始まった試みであり、日本とデンマークから選ばれた8人(組)ずつ、計16人(組)のアニメ・映像作家、ゲームディベロッパーが集まり講義やコンサルを受けながら自身の新作のコンセプトをクリエイティブ/マーケティングの両面から磨き上げる。最終日には日本や欧州から集まった業界人に対してピッチ(新作についての短時間のプレゼンのことをこう呼ぶらしい)をする機会が与えられ、特に審査員の目を引いた作品については、後日欧州で行われる大規模なピッチイベントに招待されるなどの特典がある。
僕は昨年9月11日から9月29日までの3週間に実施された第一回に参加した。参加の目的はヨーロッパのゲーム業界関係者に新作ゲームのピッチをすることだった。結果として、特典などは得られなかったものの、現地のパブリッシャーの人たちに新作のコンセプトや自分自身のキャラクターを印象付けることには成功した。そこからすぐに資金援助などが得られるわけではないが、自分のコンセプトの実現性について客観的な評価が得られたのは大きい。また、他の参加者や講師、受け入れ先となった学校/インキュベーション施設の関係者の人達は皆とてもフレンドリーで親切な尊敬すべき方達ばかりで、そこからも人生を変えるような影響を受けた。
このような企画が日本の業界関係者、特にゲーム業界関係者に全然知られていないのはもったいないと思う。もっと日本の人たちにこの事を知ってほしいと思い、僕がこのプログラムで体験したことをシェアすることにした。本当は昨年のデンマークからの帰りの飛行機の中でこの記事を書き始めたのだが、帰国後には本来の仕事に掛り切りでなかなか続きを書く時間が取れなかった。結果として既に今年度の募集開始から1ヶ月以上が経ち、応募締め切りである5月15日までは3週間を切ったこのタイミングに公開する事になったが、まだ時間はあるのでこの記事を読んで興味を持ったゲーム/アニメ系の作家は是非とも応募して欲しい。応募の時点で必要なのは簡易な企画書だけなので、今から準備しても数日あれば間に合うはずだから。(すでに作品を作ってる人なら応募用のマテリアルは十分に揃っているはず。)

応募の動機

僕がこのプロジェクトを知ったのはFacebookで募集の記事がシェアされて来たことだった。最初の印象では、学生や業界経験の浅いアニメーターやゲームデザイナーがスキルアップするためのものなのかなと思った。記事をシェアした人も普段から学生向けに情報をシェアしていたので、それも学生に向けたつもりだったかもしれない。キャリアが10年以上あり参加時には37歳になる自分が参加して意味のある物なのかは分からなかった。しかし、新作ゲームのピッチの機会、そして3週間の滞在に往復の飛行機チケットがついてたった900ユーロ(約12万円)という参加費用にも惹かれとりあえず応募することにした。自分のキャリアを大きく変える機会を探していたのも事実である。応募時に提出した資料には、以下のように自分の問題意識を書いた。
1.日本のゲーム産業ではスマホゲームの仕事に困ることはないが、そればかりだとスキルが偏ってくる。
2.日本のゲーム産業は強固な下請け構造で仕事に困ることがないが、オリジナル作品をリリースして成功するチャンスが少ない。自分自身のチャレンジも上手くいってない。
3.日本のゲーム産業では海外でも受け入れられるようなオリジナルのストーリーや世界観を作るスキルが軽視されている。自分自身その仕事から遠ざかっている。
4.日本のゲームは社会的影響力が小さい。商業的成功が話題になることがあっても作品の持つメッセージが話題となることがない。
僕自身、スマホゲームのおかげで自分のキャリアが大きく前進したと思っているし、基本無料で多くの人に気軽にプレイしてもらえてポジティブなフィードバックが得られるのはゲームデザイナー冥利に尽きる。スマホゲームそれ自体が日本のゲーム産業に悪影響を与えているとは全く思っていない。コンソールゲーム好きな人が時折思いつきで主張するような「スマホゲーム悪玉論」には全く賛同できないしそのような議論には興味がない。ただし、2012年ごろから続くスマホゲームブームに自分自身のキャリアが過度に依存している現状には危機感があった。今、ゲーム業界外のクライアントさんからスマホゲームの仕事をいただけているのは、スマホゲーム以前から「FF」の名を冠するゲームやその他PCオンラインゲーム等を作って来たゲームデザイナーとしての知見があってのことだ。その人間が何年も国内市場向けのスマホゲームしか作らない状況が続いたら、クライアントさんに対しても新たな価値を提供するのは難しくなってくる。また、FF11以来、ストーリーを書く仕事からも全く遠ざかってしまっていて、自分に本当にストーリーを書く能力があるのか分からなくなってしまっていた。FF11で僕が書いたクエストのストーリーが絶賛されたのはマグレだったのかもしれない。そして何より、GDH2030というオリジナルゲームの開発の失敗である。Nippon Nordicに応募した4月の時点ではまだ夏までに完成させられると思い込んでいたが、以前書いたように焦燥感の中で視野狭窄に陥っている実感はその時からあった。この開発は失敗だったと。次のゲームは企画の初期段階から多くの人にそのコンセプトをシェアして協力体制を築かないといけない。そのような危機感を抱いている時にNippon Nordicのことを知った。それは運命だったのかもしれない。

選考の過程

前述した自分の問題意識や動機を書いたMotivation Letterというものと、新作ゲームの企画を1枚にまとめたOne Pegerというものを4月中旬の締め切りギリギリで提出した。提出したOne Pagerは、何の画像も載せず、テキストだけで主に世界設定を書いたものだった。(今年度はOne Pagerじゃなくて5枚以内の企画書となっているが、内容としてはそれで十分なんだ。だから締め切り直前で応募を迷ってる人はとりあえず応募して欲しい。)毎年CEDECの「ペラ一枚企画書コンテスト」の審査員をしているが、そこではそのような企画書には大抵「世界設定は分かりました。で、どんなゲームですか?」とコメントしている。しかし企画書の要件は提出する相手や状況によって変わるというのもまた真実であり、今回に限ってはそれで良いのだと確信があった。結果、4月末に最終選考に残ったという知らせが届いた。そしてSkypeを用いて面談をしたいということだった。5月の頭にSkypeのビデオチャットで面談を行った。面談の相手はNippon Nordicのプロジェクトマネージャーで現地では感動的なまでのサポートをしてくださったフランスのアニメ業界人Clémence Bragard(クレマンス・ブラガール)だった。主に聞かれたのは、One Pagerに書かれたゲームのことだった。クレマンスはゲーム業界外の人でそこまでゲームに詳しくないし、画像も何もないのでどういうゲームかイメージしにくいから補足してほしいという事だった。ゲーム業界外の人ということもあってそこでも結局ゲームメカニクスではなく世界設定の話をしたのだが、主に日本社会に多様性が足りないこと、多様性を獲得することは僕自身がNippon Nordicに参加するテーマでもあるという事を話した。僕は英語で話をするのがそんなに上手くないのだが、途中言葉に詰まりながらもクレマンスの親切心もあって何とか面談を終えることができた。その結果、5月中旬に選考に通ったという知らせが届いた。応募した当初は「行ければ良いかな」くらいに思っていたし、今年37歳で業界歴10年以上の自分が選ばれる可能性は低いとも考えていたのだが、選考の過程で本当に行きたくなっていたので正直に言って嬉しかった。5月末に僕を含めた16人(組)の参加者達が全て公表されたのだが、日本からゲームディベロッパーとして参加するのは僕1人だけだった。そもそも僕以外にゲームで応募した人がいなかったから僕が選ばれたのかもしれない。何はともあれ、僕は9月にデンマークに行ける事となり、1ヶ月仕事を休む事をクライアントさんにも了承して頂き(改めてご理解とご協力に感謝いたします!)とても楽しみな気分で夏を過ごす事となった。

夢のような街で創作に打ち込む

Nippon Nordicの開催地はユトランド半島の中央にあるViborg(ヴィボー)という都市で、首都コペンハーゲンから遠く離れている。ここにはVIA Universityというデンマーク中央部を代表する大学のカレッジがあり、その中にはThe Animation Workshopというアニメ/CGの専門教育機関がある。さらにThe Animation Workshopと同じ敷地内にThe Aresenaletというゲーム/アニメのインキュベーション施設が隣接し、卒業生の起業やフリーランス活動をサポートしている。Arsenaletという名称でサッカーチームのArsenalを思い出した人は鋭い。そう、Arsenalのチーム名の由来ともなった武器庫を再利用した施設なのである。(ちなみに今も近くには軍事施設があるようで、いきなり装甲車が敷地内に入ってきて驚いた事があった。)今回Nippon Nordicの参加者は全員そのArsenaletに作業用の席を用意してもらい、講義もそこで受ける事となった。また、食事はVIA Universityの学食を利用する事ができた。(今回の参加費には平日の食事は全て含まれていた!)宿泊していたのは街の中心部にあるホテルだったが、そこからArsenaletには徒歩10分くらいで、夜遅くなっても帰り道がそんなに辛くなかった。何よりとても静かでのどかで平和で綺麗な道を毎日歩くのは楽しかった。この街で生活するだけでも感動的な体験がいくつかあり、そこから日本社会の問題点も再認識されたが、今回の記事についてはあくまでNippon Nordicの内容を知らせる趣旨なので、そのことについてはまた別に機会があれば話したいと思う。ただ一つすぐに伝えたいことはとにかく最高の環境だったということ。この時期The Animation Workshopが中心となってViborg Animation Festivalというイベントが街ぐるみで開催されていて、街の中の様々な場所に日本の漫画やアニメの展示が行われていたのだが、デンマークの地方都市でそのようなイベントを開催できる事に街中が誇りを感じているようにも見えた。(地元のレストランに入ると「日本の方ですね。MANGA関係ですか?」と声をかけられたりもした。)古い建物も多く残る街全体に文化的・芸術的素養が感じられ、そのような環境がThe Animation WorkshopやThe Arsenaletに集うクリエイターを自然と応援している感じがした。
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これがArsenalet。この中にインディーゲーム会社やアニメ会社がいくつも入居している。Viborgのクリエイティブセンターと言える。

街のいたるところにアニメイベントの告知が。

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奥に見える建物がArsenalet。

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敷地内に軍の装甲車が入って来たところ。

第1週〜やっぱり英語ができない!!〜

さて、現地で体験したプログラムについて。まずは第1週目、様々なジャンルの業界人の講義を受けた。その講義の内容について、僕の場合はどうしてもゲームの話に偏らざるを得ないし、一つ一つについて話すと長くなりすぎるので詳細は省略するが、個人的にはUBIやRelic Entertainmentでゲームデザインディレクターを務め、現在はコンサルタントとして活動中のAlexendre Mandryk氏の集中講義は大変有益な内容であった。(彼がRelic時代に作ったCompany Of Heroesは僕の好きなゲームである。)また、Unity Technologiesのフランス支社のフィールドエンジニアであるMathieu MullerによるUnityのTimelineとCinemachineのハンズオントレーニングも個人的には嬉しい体験であったが、多くの場合はそのような具体的な制作の技術よりも新たなIPを生み出すこと、それをマーケットに届けることについての講義だった。また、ただ講義を受けるだけでなく、ワークショップ形式で自分の作品の世界設定を深めていくような機会もあった。
それら講義やワークショップの内容には文句ない。しかしまず困ったのはとにかく自分の耳が英語に慣れていないこと。せっかく有益な話をしているのに100%の理解ができない。これはもったいないと思った。また、それ以上に話せない。自分で質問したり意見を言ったりディスカッションに入って行くことがなかなかできない。選考における英語でのインタビューを乗り越えて安心しきっていたが明らかに準備が足りなかった。来年参加を考えている人で英語がそこまで喋れない人は絶対に集中的なトレーニングを受けた方がいい。(ただし、英語が得意でないからと応募をやめてしまうのはもったいないので、まずは応募してみて欲しい。英語で応募書類を出してインタビューに答えられれば参加資格はあるはずだ。)
講義が終わると参加者一人一人に与えられた作業スペースで自分の作品のプレゼン内容を作る時間となった。また、夜にはThe Animation Workshopの学生らと一緒に日本やデンマークの短編アニメ作品を観るような時間などもあった。そこで面白い作品を見つけることができたのも良かった。
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自分の作業スペース。日本からMacMiniを持って行った。

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VIA大学の食堂でのランチ。毎日バランスのとれた食事で健康的な生活を送ることができた。

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自分の作業スペースの窓からの眺め。目の前にあるのは墓地だが、死んだらここに入ってもいいと思った。それほど平和な場所。

週末の楽しみ

あっという間に一週目は終わり最初の土曜日が訪れた。僕はホテルで自転車を借りて街の中を少し探索した。
ホテルで借りた自転車。

ホテルで借りた自転車。

近くにあったサッカースタジアム。1階は中華料理屋と寿司屋が並ぶ。

近くにあったサッカースタジアム。1階は中華料理屋と寿司屋が並ぶ。

翌日の日曜日は他の参加者と一緒にバスに乗って湖の方に行って遺跡なんかも見たりした。Viborgの街の中心部は田舎というほど田舎ではないのだが、ちょっとバスに乗るだけでこのような大自然に触れることができる。この街で暮らす事自体に何らかのインスピレーションがあると感じた。
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美しい屋敷だが、ナチシンパの持ち物だった。ナチが敗戦した途端に主人はどこかへ消えたらしい。色々と考えさせられる。

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土日もArsenaletの中には入れるので、夜は作業していた。1週目のこの時点では僕はプロトタイプデモを見せるつもりでいて、主にUnityで作業をしていた。だが翌週から大きく方針転換することとなる。

なぜ僕たち大人がミニオンに惹かれるのか

現在最新作「怪盗グルーのミニオン大脱走」が公開中の「怪盗グルー」シリーズ。僕は過去作品を全く観たことがなかったのだが、実は6月にUSJのミニオンパークに行って興味を持ち、地上波で放送された映画2作目「怪盗グルーのミニオン危機一髪」を観てからはまってしまい、公開中の最新作を含めて全作品を観てしまった。普段僕はサスペンス、ホラー、SF、ファンタジー、ミリタリーというジャンルの映画を好んで観ていて、子どもがいないこともあり、ディズニー作品を含め全年齢向けの作品はそんなに観る方ではなかったのだが、「怪盗グルー」シリーズにはまった理由は、他の多くのファンと同じように、ミニオンというキャラクターである。個人的にこのキャラクターへの興味は尽きないが、エンターテインメントの仕事をしていることもあり、なぜミニオンがこれほどまでに「大人たちに」受け入れられたのかと真面目に考えている。結論から述べると、作り手の文化的素養や教養がキャラクターに反映されているからだと思う。

ミニオンは知性が高い

ミニオンの行動や性格の特徴について考えてみた。

  • よく遊ぶ。
  • 子どもっぽい。
  • 集団で悪ノリする。
  • 悪ノリした結果ドジする。
  • けどバカじゃない。
  • よく働く。
  • チームワークが良い。
  • 人間や他の動物に対して意外と友好的。
  • 人間の子どもへの思いやりがある。
  • たまに英語(日本語)を喋る。
  • 音楽が好き。

バカそうでバカじゃないとこが最大の特徴だと思う。後先のこと考えてないように見えるのもその場の発想で解決できる知性の高さがあるから。仕事にも遊びにもアイディアが見て取れる。確かな知性や文化的素養を感じ取れるから、「次は何してくれるんだろう?」ってその行動に期待が持てる。また、皆同じ格好をして一緒に暮らす一方で、人間との交流を楽しみ、音楽などの人間の文化を吸収していく様は排外主義へのアンチテーゼを感じることもできる。そういった所が、大人の興味を引くポイントなのかもしれない。

グルーの研究所は理想のホワイト労働環境か?

ミニオンにとってボスはグルーただ一人であり、ミニオン社会に上下関係は存在しない。また、ミニオンが働くラボの開発責任者であるネファリス博士は開発コンセプトを提示するだけで、ミニオンに対して細かい指示はしない。最適な方法はミニオンが考える。ミニオンは対等な関係の中で役割分担して知識と労働力を集約し、猛スピードで開発を進める。集団での悪ノリはチームワークが良いことの証だ。その結果労働生産性が高まり、休日はしっかり与えられてるようだ。そして休日には一緒に遊ぶ「Nakama」がたくさんいる。休日が楽しみだから仕事も楽しめるという好循環。ミニオンの働き方に大人は夢を見る。働くってもっと楽しいことのはずだ。

結局僕たちは人生を楽しみたい

親のように甘えられるボスがいて、仕事はやりがいがある。休日も十分にあって一緒に遊ぶ家族や友達もいる。この世界にある色んなものに興味を持ち触れてみる。体は丈夫だから多少無茶な冒険しても死なない。ドジ踏んでも痛い目にあっても再チャレンジ。人生がそのように上手く行かないことを知ってる大人だからこそ、ミニオンの姿を見て、もっと楽しく生きようと夢を抱く。それこそ親役のグルーは、時に人生の苦しさを語ることもあるのだが、映画のストーリーや演出がグルーへの感情移入に偏ったらここまで人気が出ていなかっただろう。一見子どものように見えるミニオンの方こそが、健康で文化的で自由な大人の生き方を実践し、大人の視線を惹きつけている。僕が最も好きなミニオンは「ミニオンズ」に出てくるボブという気弱で無邪気で最も子どもっぽいキャラなのだが、その子どもっぽいキャラを観た時に湧き上がる懐かしさや「子どもの頃の気持ちを忘れたくない」という気持ちもまた今を生きる大人の視点から生じる感情だと思う。「怪盗グルー」シリーズの作り手は、意図的にそのような大人の価値観をミニオンに投影しているかもしれない。

仕事を楽しむ姿勢がキャラクターに現れる

さて、映画の制作面に目を向けよう。僕がシリーズの中で最もお気に入りなのは本日地上波で放送される「ミニオンズ」である。「怪盗グルー」シリーズでほぼ全く語られることがなかったミニオンの設定や生い立ちを描いた作品で、「怪盗グルー」のスピンオフという位置付けだが、世界をまたにかけるスケールの大きさなど、冒険活劇としての完成度はシリーズ最高と言える。 とりあえず地上波で見逃したとしてもブルーレイはそんなに高くないので購入をおすすめする。


「ミニオンズ」のブルーレイでは、スタッフのインタビューやストーリーボード、絵コンテなど、様々なメイキング資料を特典映像として観る事ができるが、そこから想像されるのは現代のアクションアドベンチャーゲームの代表作である「アンチャーテッド」の制作過程のように、制作の初期段階でストーリーボードや絵コンテの形で様々なシーンのアイディアを持ち寄り、飽きさせないシナリオを組み立てる方法だ。制作費が豊富にあり、ストーリーボード、絵コンテの段階でかなりのクリエイティブな労力を費やすことができる欧米の映画・ゲーム産業の制作環境のレベルの高さやスタッフの意識の高さに改めて感銘を受けるが、何よりストーリーボードや絵コンテ一枚一枚が芸術作品のようであり、楽しみながら描いてるのが伝わって来る。自分たちが仕事を楽しんでいるからこそ、ミニオンが仕事を楽しんでるように描けるのだろう。

音楽の趣味の良さに文化的素養を感じ取る

「怪盗グルー」シリーズと言えば忘れてはいけないのが、選曲のセンスである。1968年が舞台の「ミニオンズ」ではジミヘンなども登場し、歪んだエレキギターサウンドとサイケデリックロックが流行り、後のハードロック/ヘヴィ・メタルの勃興も示唆する当時の音楽シーンへのオマージュが盛り込まれている。また、現在劇場公開中の最新作「怪盗グルーのミニオン大脱走」の悪役、バルタザール・ブラットは現代で80年代のリバイバルを目論む元スター子役という設定で、当然サウンドトラックにはヴァン・ヘイレンの「Jump」など当時のヒット曲が盛り込まれている。そしてもちろんそれら楽曲に反応するのは大人であり、そのように流行の音楽だけでなく音楽の歴史を楽しむこと、シーンに敬意を表すことは、大人が持ち得る一つの文化的素養と言える。ミニオン語による合唱もシリーズ通しての見どころとなっているが、そのような音楽の趣味の良さも大人向けのキャラクターと思わせる理由の一つである。

ちなみにオマージュと言えば「怪盗グルーのミニオン大脱走」では明確にある有名ゲームへのオマージュと思われるシーンが2つある。最初は偶然似たような絵になったのかなと思ったが、2つめのシーンで「ゲームの最終ステージみたいだな」というセリフがあったので、明らかに意図したものと分かった。一体なんのゲームなのかは劇場で確かめて欲しい。

大人向けに作られてるからグッズも大人買いすべきか・・・

というわけで生まれて初めてマクドナルドでハッピーセットをオーダーした。ハッピーセットは原則としておまけを選べないルールなので、欲しいのを全て集めるのは難しいと思う。そして最初はミニオンじゃなくてバイクに跨ったグルーを引いた。空気読めね〜。また、お気に入りのキャラクターであるボブのグッズも欲しくなってしまったのだが・・・

高い・・・。これ、自分に子どもがいたらすぐに買っちゃうものなのだろうか・・・。

金にならない創作活動を続けられるか

ゲーム開発の友人、一條さんの一連のtweet。

僕自身は2014年からはクライアントの理解を頂いて時間を作り、それまで稼いだ金を外注につぎ込んでオリジナルのゲームを作っているのだが、正直言って全く理想通りに行っていない。そのゲームの開発が自分の人生を豊かにしてるとはちっとも思えなくなった。方法を変える必要がある。

ゲームはとにかく作業量が多くて時間がかかる

ゲームが小説や漫画やイラストなどの他の創作物と比較して大変だと言うつもりはない。ただし、1つの作品を「商業レベルで」完成させるまでの作業量が他と比較にならないのは事実である。アート、プログラミング、サウンド、それら1つ1つの作業量の膨大さ、それに加えてゲームは楽しめるものでなくてはならない。ゲームプレイの検証を繰り返し、場合によってはせっかく作ったものを捨ててまた1からやり直すことも必要である。時間と予算の制約の中で作業に追われるとどうしてもその検証がおざなりになりがちだ。もしフルタイムの仕事に就いて週末だけに作業をするとなると1つのゲームを完成させるのに5年はかかってしまうだろう。実際に海外のインディーゲームの人気作品の中にはそのようなものが目立つ。そのような時間と苦労を経てゲームを完成させた結果、多くのゲーマーから評価され、商業的にも成功するのは一見素晴らしいストーリーだが、一生の間にいくつのゲームを作ることができるか考えると、5年という数字はリスクとして無視できない。

作品の発表は人生を豊かにする経験

それが仕事だろうと趣味だろうと、ゲームや漫画や小説や音楽を作ることは人生を楽しむ手段である。作品を完成させて発表して知り合い以外の多くの人たちから内容についての感想や評価を得ること。それは1つの社会参加の形であり、専門的な技術者としても1人の人間としても、その経験から得られるものは大きい。pixivやtwitterがプロ/アマ問わずイラストレーターや漫画家の成長の場になっているのは言うまでもない。一方で1つの作品を完成させるのに時間がかかるゲームの場合、作品の発表の頻度はどうしても減ってしまう。5年かけてようやくリリースした作品がクソゲーと言われたり小遣い程度の収入にもならなかった時、同じようにまた5年かけて挑戦しようと思えるだろうか。

じゃあ小さいゲーム作れば良いのか?

本当に作りたいものがそれなら良い。時間の制約、予算の制約の中で本当に自分の好きなものを作れるのは相当なセンスや才能のある人だろう。実際にそういう人はいる。しかし大抵の場合、ゲームという表現形態を選ぶからには一定以上の作業量を必要とするものになるだろう。少なくとも僕にとってはゲームは大きいものだった。作り始めた頃は半年くらいで完成させるつもりだったが、細部の作り込みがあって初めて表現の核心が浮かび上がるようなゲームを作っていることに後から気づいてしまった。

収入を減らして時間を作れば良いのか?

結論から言うとそれでもまだ時間が足りなかった。2014年から開発を続けてるゲームがいつになっても完成の目処が立たないため、昨年からクライアントにお願いして仕事の時間を大きく減らし、自分のゲームを作る時間を増やした。また、契約の終了後もしばらく次の仕事を入れずに、自分のゲームに集中した。しかし、完成する前に資金が尽きてしまった。また、そのように収入を減らした状態をずっと続けるわけにも行かず完成を急いだせいで、ゲームプレイの検証がおろそかになった。2014年からそれまで稼いだ金を外注につぎ込み、自分の作業時間を作るためにギリギリの収入で生活を続けたことで、今となってはそのゲームの開発に対しては苛立ちしか感じなくなってしまった。本当にこんなことがしたかったのだろうかと自問自答する。

仕事として金をもらってゲームを作れるのは幸せな事

自分のゲームは引き続き作っているのだが、最近、新しいクライアントと新しいゲームを作り始めている。自分のゲームとは全然ジャンルもターゲットも違うし、クライアントのディレクションに従って作るわけなのだが、これが意外と楽しい。久々にゲームデザイナーとしてのアイデンティティを認められてる気がする。ディレクターが僕が仕事しやすいように配慮してくれてるのもあるが、多分楽しいと感じる一番大きな理由は、最初から完成の見えたプロジェクトだということ。事業としてのスケールとスケジュールが決まっていて、まともな開発会社をアサインするならスケジュールから大きくずれることはない。事業という形が与える安心感や精神的充足の価値を再認識した。結局のところ自分のゲームの開発は、プロジェクトの進行の全てが自分に依存しているのにその自分は完成するまでお金を生み出さないそのプロジェクトに全てを捧げることができないという中途半端さに問題があった。今後は、事業として資金調達や共同開発などの形でプロジェクト進行の責任を他社(他者)と分担した上で、ゲームデザイナーとして自分の作りたいゲームを作れるように努力しなければならないと考えている。その布石として、実は9月にデンマークで行われるアクセラレーターに参加予定である。

考える時間はあった方が良い

結論としては「ゲームは作業量が多く時間がかかるから資金調達などして100%コミットできるようにしよう」って話なのだが、最初に紹介した一條さんの意見に反対しているわけではない。僕がこのような結論に達したのも、一條さんが提案してるようなことを3年近く続けた上での話であり、他社との契約の仕事と自分のゲームの仕事を並行することで視野が広がったとも感じる。毎月200時間仕事するような会社員生活を辞めた次の瞬間に起業して資金調達ってのは難しいだろう。準備する時間が必要だ。仕事を選んだり、適切な距離感を保って少しずつ自分のやりたいことに傾倒していけば良いと思う。人によって作りたいものも全然違うし、自ずとそれに適したスタイルも違ってくる。一條さんが言ってるのもそう言ったスタイルの多様性を許す環境であって欲しいという話である。

以前書いたこちらの記事も参考にして欲しい。

好きな創作活動を仕事にするか他の仕事と両立するか

また、一條さん交えたパネルディスカッションのまとめも。

作りたいものを作ることとそれを持続させること。日本のインディーの未来

日本のインディーゲームの状況に関しては決して楽観的ではない意見が多かったように思える。それでも登壇者たちがいわゆる「インディーゲーム」にこだわらず、作りたいゲームのために多様な開発スタイルを模索していく姿は逆説的に極めインディーゲームらしいと感じた。

そうだね。