10年間デジタルゲームの仕事を続けて分かってきたこと

僕の誕生日は7月2日で、スクウェア・エニックスで働き始めたのが2005年の7月1日。今1人でやってる株式会社degGの創立日が2010年6月30日。それぞれのタイミングがほぼ重なっていて、1歳年齡を重ねるとキャリアが1年積み重なって会社も1年続いた事になるから、誕生日に自分のそれまでのキャリアや1年間の実績を振り返るのが習慣となっている。ちょうど今年で年齡が35歳となりゲームの仕事をして10年という大きな区切りになるので、10年続けて分かってきた事をシェアしようと思う。

プランナーはやばい

僕はゲームデザイナーになりたくてスクウェア・エニックスでゲームデザイナーにあたるプランナーという肩書きでキャリアをスタートさせたが、プランナーというのは色々とやばい。具体的にどうやばいかを話すとCEDECのセッション1回分になってしまうので、ここでは割愛。

【CEDEC 2014】雑用ばかりの「プランナー」から脱するには? 「ゲームの面白さ作り」に特化する専門職業としての「ゲームデザイナー」の話

CEDECに出るのは当たり前の事

CEDECと言えば今年もCEDECでセッションを持つ。

絶対に夢を叶える!〜オリジナルゲーム開発への挑戦〜

発表者としてCEDECに参加するのはこれで5回目となる。よくこの事について「凄いですね」と言われるのだが、ゲームデザイナーは作ったゲームが全てなのでそれ以外の事で凄いですねとか言われても反応に困る。よく勘違いされているのだが、ゲームデザイナーとして認められているからCEDECでセッションを持てる訳ではない。CEDECの公募の審査は応募者の名前を伏せてそのセッションの内容だけで判断される。また、ここまで大規模でセッション枠が多いカンファレンスだと競争倍率が低いのでとりあえず誰でも公募に出せば通る可能性は高い。僕は「スピーカーになればパスが無料で手に入る」って理由でセッション案を公募に出している。CEDECのセッションは「講演」とは違う。日本社会における講演という言葉の意味は「成功者がためになる話をする」であり、CEDECもそういうものだと勘違いしている人が多い。CEDECに権威のイメージを感じとりセッション内容やスピーカーに対して過度に反発する人も見受けられる。しかしCEDECはカンファレンスであって、カンファレンスというのは情報共有の場である。それ以上でもそれ以下でもないので大げさに捉えず気軽にセッション案を公募に出した方が良い。CEDEC行っただけで何か成長した気分になるのも、セッション内容の揚げ足とるのも同様に時間の無駄である。

プラットフォームが変わっても仕事は変わらない

僕は最近仕事としてスマートフォン用のゲームを作りながら自分のお金と時間を使ってPC/MAC用のゲームを作っている。どちらもUnityで作っているし、まず面白いゲームを作る事を最優先している。仕事の質としては何も変わらない。ネットを見るとコンソール用ハイエンドゲームを作ってる人とスマフォ用ゲームを作ってる人で二分対比して前者を応援するつもりで後者を叩く人をよく見かける。けど人材の流動性から言って両者の区別ってさほどない。それにスマフォ用ゲームも既に「ハイエンド」の域に達してるし、「スマフォ用ゲームばっか作ってるとコンソールのゲーム作れなくなる」ってのも実感としてない。ゲームはゲームだ。

議論はあまり必要ない

議論してる暇あったらとにかくゲームを出して一般の消費者に評価を問う方が明らかに得る物が大きい。失敗のリスクを減らすために議論しようという意見もあると思うが、ゲーム会社でも個人でも最大のリスクは成果を出せないまま時間を過ごす事だと思う。

読書量とかどんだけ映画観たとかあまり関係ない

この業界では物凄い読書家や映画マニアと出会う事がある。ではそういう人が凄いストーリー書いてるかと言ったら必ずしもそうじゃないし、逆に読書も特にしないし、映画も人並みにしか観ないけど良い仕事する人はたくさんいる。なので僕は読書にしろ映画にしろ「数ある趣味の一つ」という評価しかしない。もちろん夢中になれる趣味を1つ持っている事それ自体は素晴らしいと思うけど。

コミュニケーション能力は必須

勘違いしてる人多いけどコミュニケーション能力って大学生とかが言う「コミュ力(ステレオタイプなリア充として立ち回るうまさ)」の事ではない。仕事で必要なのは自分の仕事の進捗や直面している問題や作業指示に対する疑問点、あるいは自分で思いついたもっと良いアイディアを自分の言葉で速く正確に伝える能力の事であって別に飲み会の幹事なんかやってくれなくて良い。そしてゲーム開発の仕事ではそれは全職種に要求される。繰り返す。全職種に要求する僕は。前述したステレオタイプなリア充(ネットスラングでは「ウェーイ」とか呼ぶのかな?)への嫌悪感からか「職人や技術者は寡黙であるべき」とか「言葉で仕事をしてはならない」とか思い込んでる人が多いけど、ディレクターの視点では勝手に一人で仕事抱え込んで自分からは何も話そうとしないプログラマーやCGアーティストの存在はプロジェクト進行上のリスクとみなす。メールで進捗確認すると自分で納得行く成果物が出来上がるまで返信してくれない人とかいるけど、そういう時って本人が思ってる以上に発注側はストレスを感じている。中途半端な物見せてはならないとかそういう精神論はいらない。「コミュニケーションが苦手な人でもプログラミングや絵のスキルが高ければ認めて欲しい。そもそも両立する能力じゃない。」って意見もあると思うが、僕が知ってる限り本当に凄いプログラマーやアーティストはコミュニケーションもしやすいんだよなこれが。

プログラミングと英語は誰でもやった方が良い

プログラマーじゃなくてもUnityのC#を使って簡単なデモを動かせるくらいになると自分のアイディアを仕事と実現しやすくなる。アーティストの場合はMELで仕事を効率化する事ができるし、Unityでエフェクトを作る場合は、プログラムも書けると表現の幅が広がる。また、英語が書けなくても読めた方がマニュアルの日本語化を待つ事なく最新のツールに触れる事ができる。もちろん海外のゲームをいち早くプレイできる。Gamastraに載ってるようなゲームデザイン関連の小論文も読むことが出来る。英語が読めると確かに知識がつく。もちろん読むだけでなく書くこともできればリモートで海外と仕事をする事もできる。

収入は上げられる

ゲームの仕事は低収入と思われてる。実際僕もスクエニ時代は死ぬほど給料少なかったが、結局の所この10年で年収は3.5倍以上になった。経営者からすれば「この人を1ヶ月働かせれば確実にこれだけの成果がある」というのが分かっていてなおかつ「この人に辞められたら困る」と思えればお金を出すことができる。僕は今オリジナルゲーム「Game Dev Heroes」の開発において人にお金を払って仕事をしてもらう立場でもあるが、パートタイムで開発に参加してもらっているある優秀な学生プログラマーには時給換算で明らかにゲーム会社の平均値を上回る報酬を支払っている。それは仕事したもらった分の成果が明らかなのと、ゲームが完成するまでいて欲しいからである。

ゲーム産業におけるブラック企業/ホワイト企業の判断基準

ゲームは複雑高度な知識集約産業であり開発スタッフそれぞれのキャリアパスはその知識やスキルに大きく依存する。そのため、開発スタッフが専門家として成長できる環境こそがホワイト環境と言える。そして開発スタッフの成長は実務や成果物の評価を伴う研修においてしかなし得ないし、一緒に仕事をするスタッフのレベルにも左右される。そこを勘違いして熟練スタッフの中途採用に力を入れずにただ本棚に最新の書籍を揃えるだけで「学習できる環境です」と言ってる会社さんは気をつけた方が良い。「自主性に任せる」という言葉もそうだが、それぞれが作った成果物の内容についての評価をおざなりにしてホワイト企業を気取るのは、知識集約産業においては形を変えたブラック企業と言える。これからゲーム産業で働きたい人はステレオタイプなブラック/ホワイトのイメージにとらわれる事なく吟味した方が良い。

行動が全て

色んな人と会って来た。時には「創りたい物がある!」と熱く語り合って意気投合したつもりになった事もあった。しかし、多くの人はその後何もしない。僕もかつてはそうだったが、とにかく語ってる暇あったら成果を出した方が良い。ゲームってのはプログラミングかCGのどちらかができれば成果が出しやすい。どっちもできなかったらとにかく学習すれば良い。本もネット上の資料もたくさんある。勉強会とかその後の懇親会とか行って何かした気になる前に、家で集中して勉強したほうが良い。

10年間でインパクトがあった事その1

GREE/Mobageブームとその後に続くスマフォゲーム市場の好景気。既存のゲーム業界の外から一気にお金が流れて来てゲーム業界としても顧客層を一気に拡大したのは大きい。最初のうちはDeNAとグリーのお金の儲け方に反発する空気があったけど、今となってはDeNAとグリーが作った市場を既存のゲーム会社が食ってしまう形となった。このおかげで既存のゲーム業界の平均収入も上がったはずだと思う。僕自身もこれによってオリジナルのゲームを開発する資金を得る事ができた。

10年間でインパクトがあった事その2

Unity3Dの登場とそれに伴うゲーム開発の民主化。僕はバージョン2の頃から触れているが、豊富なAPIとWYSIWYPなエディターによりゲームデザイナーが自分のアイディアをすぐにゲームにできるようになった。また、同じツールとプログラミング言語を使う人たちの開かれたコミュニティが出来上がった事により、学習効率が明らかに上がった。もちろん市場のニーズに応えるようなゲームを作ろうと思ったら何もかも1人で作るというのは無理な話だが、最初に自分でゲームメカニクスを実装する所に限って言えばもうこれで作れないゲームはないと感じる。

10年間でインパクトがあった事その3

twitterで自分が作ったゲームのユーザーと交流できるようになった事。僕の場合は会社員じゃないので自由に発言できるからというのもあるが、自分が作ったゲームのユーザーがそのゲームを辞めた後も声をかけてくれるのは嬉しい。それは、ゲームの向こう側に作り手の人格を認めてくれた事の証拠であり、これがあるからゲームの仕事を続けて行ける。

これから楽しみなこと

Game Dev Heroesが完成したら次はVRのゲームを作りたいと思っている。次の10年間でゲームのプラットフォームや人々のゲームへの接し方がどう変わるかは分からないが、絶対に変わる事だけは確かだと思う。どうなろうがゲームはゲームだと仕事を続けて行きたい。

10年間デジタルゲームの仕事を続けて分かってきたこと」への1件のフィードバック

  1. Iyoda

    はじめまして。ブログ拝見しまして10年間ゲーム業界で活躍されてきた人の意見に共感できた点が沢山あって、少しホッとしました。個人でプラグラムやグラフィックをやっているので、最新や普及していなくても安くて効率の良いツールを見つけなけれならないですし、欧米でヒットしているカジュアルゲームの傾向を調べるにも英語力は必要です。個人で開発していても、様々な年代の人に企画、グラフィックなどを相談し、ゲームに反映させる必要あるため、自分の考えを伝えるにはコミュニケーションも工夫しなければなりません。
    私は、ゲーム開発の経験がない状態で個人でゲームを作り始めて5年間経ちました。未だヒットゲームが出せず諦める前に最後に今までしてきたこと全てを詰め込んだゲーム「ソード&ドラゴン」というパズルゲームを作りましたが、残念な結果となっております。しかし、今まで私に色々アドバイスをしてくださった方には大変感謝しております。ゲーム開発をすることは、色々な経験(挫折ばかりですが)を学ぶ機会だと思いますので、是非多くの人が挑戦してくれるとうれしいなと思います。貴重な体験談ありがとうございました。

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