「大東京トイボックス」最終巻を読んで色々考えた(ネタバレなし)

作者の小沢さんとは一度だけ会ってお話した事があり、それがきっかけで東京トイボシリーズを読み始めた。その後Twitterで感想を話したりしてたが、この度記念すべき完結という事でちゃんと感想を残したくなった。
はじめに言っておくと、漫画としてとても楽しめた。この漫画が好きだ。この言葉を忘れないで欲しい。そのうえで「ゲーム作ってる人達にはこれ以外の価値観もあるんだよ」って伝えたい事がある。

誰に向けた物語なのか

商業誌に掲載されてテレビドラマ化までされるんだからそりゃ一般人に決まってる。だから最終的に表現者の孤独よりも組織的及び家族的な連帯感の描写が前に来たのは当たり前の話だと思うが、皆で徹夜すれば幸せになれるみたいなのは当事者としては勘弁して欲しいと思う。その辺の問題は詳しく後述する。

ついていけない話

物語後半から表現の自由と規制、産業と一般社会、業界と政治との関わりが主題となって来た。しかし、いささか話を広げ過ぎに感じた。最終巻で何度も出て来た「著作権侵害の非親告罪化」という言葉の意味の重大さについて説明が足りない。このトピックについて小沢さんが真剣に考えていらっしゃる事は分かったが、一ゲーム開発者がその言葉を繰り返して国会がどうしたなんとか党がどうしたTPPがどうしたとか言ってるのは正直感情移入できなかった。

漫画として面白過ぎる故に・・・

終盤は主人公達が開発していたゲームの完成後の話なので、ゲーム開発とかそっちのけのサスペンスアクションになっている。問題は漫画として面白く描けてしまってるが故にその前述した社内政治とか個人的な復讐劇とかそっちのがゲーム作るよりずっとエキサイティングじゃんって思えちゃう所。これはもう仕方ない。エンターテイメントだもん。あと、社内政治とか復讐劇自体がゲームのメタ表現だという事は作中でも触れられている。なので狙い通りだったのだろう。

キモデブプログラマーのルサンチマン

名前もない脇役で、いかにもって感じのキモデブプログラマーがいる。彼は大手ゲームパブリッシャー謹製ゲームエンジン/統合開発環境の開発エンジニアである。そのキモデブは初登場時、自社の「げえむくりえいたあ」の美人秘書を観て「このエンジン完成したら俺でも愛人持てっかなあ」とぼやいていた。最終巻で再登場したキモデブは、「げえむくりえいたあ」や主人公を必死に助けようと無理な要求をしてくるその美人秘書に向って「愛人さん、分かってるだろ。アンタだって素人じゃないんだ。エンジニアは魔法使いじゃない」と言い放った。この空気分かるんだよな。真面目に勉強して仕事に集中しているプログラマーの傍らで同じ会社の人達がゲーム作る以外の事で盛り上がってる。この温度差。結局この物語では彼にとって面白い事は訪れなかったけどゲーム業界を舞台にするなら彼みたいな人が主人公でも良いと思うんだよなあ。

既存のゲーム市場や大手ゲーム会社への依頼心

この物語では最初から最後まで主人公が過去に在籍していた一部上場ゲームパブリッシャーが話の中心にあった。おそらくスクウェア・エニックスとコナミがモデルになっている会社。そのような会社に業界のリーダーでいて欲しい、中小のディベロッパーを引っぱって欲しいという願いを感じた。また、最後まで主人公が作るのはゲーム専用機向けのゲームで既存のゲーム市場に向けての物だった。ガラケー/スマフォ問わずモバイル向けゲームはちょっと頭の悪い新人がやる事になっていて、モバイルは下に観られてるのかなあと感じる事もあった。もちろんモバイル向けゲームでもちゃんとゲームとして面白さに拘って作ろうって描写はあったけど、それにしたって専用機向けの開発経験者の上から目線な気がした。ゲーム作る事の面白さって、ゲーム会社とかゲーム業界ってとこに依存するものでもないと思う。その代弁者として同人上がりの20代の社長ってキャラがいたんだろうけど、物語終盤では蚊帳の外だった・・・。

相反する2つのメッセージ

「アンタはゲームのことだけ考えねば」
この物語の主人公とその恋人、2人の信頼関係の始まりの台詞。これが最終巻でも出て来た。その一方で作品を通してずっと、前述した表現規制の問題やライフワークバランスの問題等をトピックとして扱っていて「好きを仕事にするなら社会的責任を忘れるな」というメッセージが受け取れた。この物語では、その矛盾を1人の人間に抱えさせず「作る人」と「支える人」という役割分担で解決する方法を提示していた。けどそれもやはり会社とか業界ってものがあって成り立つ事なんで、最終的には一人一人が考えなきゃいけない事だと思う。これは重い。

徹夜なんかしなくたって良いんだよ

最初に書いたように対象読者が一般社会人である以上、その共通幻想である「徹夜すれば実力差を埋められるしそれまでの失敗は帳消しになるし皆でやれば結束も固くなる」という方向に向かうのは仕方ないけど、ゲームの仕事がああいうもんだと思われては困る。徹夜仕事なんてエンバグのリスク高過ぎるし、基本的にはNG。「もっと面白くしたいから」って理屈は通らない。やりたい事を諦める判断や敗北を認める事もプロの仕事なんだと知って欲しい。もちろんゲームよりシビアな締切に追われている連載漫画作家の方だったら絶対知ってるはずで、実は物語の初期にはそういうメッセージも含まれていた。それが段々と徹夜で解決ってノリになって土壇場での「仕様を一部変更する!」が主人公とその愛弟子の決め台詞として定着しちゃったのはちょっと残念に思った。(テレビドラマ版でその台詞の時カメラ寄ったりしたら怒るよ。)ここは何度も言うけど多数の読者の望むものを描いた結果なのだろうと納得はしている。

1つの時代の終わり

寂しく思いつつもこの漫画が今このタイミングで終わるのを肯定できる理由があり、それは連載開始時と比べてゲーム産業の姿があまりにも大きく変わったから。僕と小沢さんが初めて会った4年前、パズドラみたいなゲームが流行るなんて誰が予想していたか。誰がなんと言おうと既にAppStoreとGooglePlayが主戦場であって、この物語の「専用機向けゲーム作るのが当たり前」って世界観にはリアリティが感じられなくなった。しかし大事なのは小沢さんがこの大東京トイボックスで実現した「一般人にゲーム開発文化の奥深さを伝える。ゲーム開発の仕事の価値を認めさせる。」って事は本来僕らが作品を通してやらなきゃいけない事で、モバイルに市場が広がった今だからこそ、その願いや意思は受け継いで行こうと思う。良い漫画に出会えました。

* 作者について「小沢さん」とばかり書いてますが、大東京トイボックスの作者はあくまで「うめ」であり、小沢さんと妹尾さんの2人組です。小沢さんとだけお会いした事あるので小沢さんに呼びかける形になりましたが、妹尾さんにも敬意と感謝を抱いております。

 

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