教えるけど育てない

僕が仕事の後輩を育てようとする気にならないのは、まず仕事上その責任を負ってない事、やっても報酬に繋がらないからだけど、結局の所、個人が思い描く幸せの形に多様性がある以上、それ無視してゴールやパスを設定してもしょうがないって理由がある。

ゲーム業界の「プランナー」って職業だと、僕みたいに自分で自分が好きなゲームを作りたいからゲームデザインしかしませんよって人から、チームと達成感を共有するのが好きだからマネージメントの仕事したいって人もいるし、キャリアパスの話をするなら、僕みたいに「自分の音楽を乗せるメディアとして自分でゲーム出せるようになりたい」って人もいれば、ディレクター→プロデューサー→経営ってキャリアパス思い描く人もいれば、結婚したら専業主婦になるつもりなので、それまでの思い出作りでOKって人だっている。人によってはそもそもゲーム会社とかゲーム業界にいる必要もなかったりする。そういう人にギョーカイ人として先輩面してギョーカイの作法教えるとかナンセンス。

どれが正しいとかないし、どれも等しく価値があるので、人を育てようとか人に道を示そうと思ったら、一人一人そういうの聞いてかないとしょうがないと思う。それを無視して他人の人生のゴールを分かったつもりになるのは傲慢な気がする。そして、そこまでやろうと思ったら、自分の仕事の時間を大きく失うよね。

仕事上、チームの戦力の底上げしないと僕も損するって状況、僕が人に教えると僕自身が得するって状況なら、出来る限り仕事内容を細分化、具体化したうえで個別のオペレーションだけを教えれば済むようにしたい。そこでモチベーションを引き出すとか、やっぱ傲慢だと思うんだ。知識が足りなかったり、意識が低い人でも僕と同じ結果を出すようにしなかったら、それは細分化・具体化が足りないって事だと思う。

だから、出来る限り口頭で指示せずに、Wiki等でドキュメントとして共有していくのが良いのかなあ。

教えるけど育てない」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 知的産業の人材育成の難しさ | degG, Inc.

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