Unityを使用した業務について

弊社はゲームデザイン(企画・使用設計)専門の会社ですが、Unityを使用するプロジェクトにおいては、ゲームデザイナー自らUnityで実装をすすめます。

ゲームデザイナー自らUnityを使う理由は、新たな仕様案がある場合に、仕様書を書いてプログラマーに説明する前に、すぐにプロトタイプ/モックを実装できれば、プログラマーの工数を消費せずにすぐにチーム内でイメージの共有や、その仕様案の是非についてのディスカッションが可能になるからです。また、ゲームプレイ部分の実装を考案者自身が担当することで、チューニングの精度を上げることができます。

以下は、代表の下田賢佑がUnityC#での実装まで担当したゲームの例です。

バーコードフットボーラー(2012年 サイバード)

AppStoreのトップセールスランキングで最高4位をとったサッカーシミュレーションゲーム。プレイヤーと対戦相手の選手情報をもとに事前に計算された試合シミュレーションの結果をカットシーンとして見せるのが特徴。

  • サッカー知識のある下田が試合部分の全ての実装を担当
  • シーン上にコライダーに触れた選手の動きを変更するprefabと移動用のパスを並べるだけでカットシーンを作れる仕組みを構築
  • 上記エディタを用いて全カットシーンを下田が作成
  • 下田が作りやすいように常にエディタをカスタマイズ
  • その間メインプログラマーはアセットバンドルやネットワーク周辺の実装に集中
  • 上記開発体制によってリリース後の運営における細かなアップデート要望にも対応し、ストアでのランクを維持

ファイナルファンタジー・アギト(2014年 スクウェア・エニックス)

PSPでヒットした「ファイナルファンタジー零式」を元に、スマートフォン向けオンラインゲームとしてゲームメカニクスとストーリーをアレンジしたゲーム。弊社は開発会社である株式会社たゆたう(現あまた)を直接のクライアントとしてチームに参加。

  • スクエニプランナーと共に戦闘メカニクスを考案
  • ディスカッションの結果をすぐに下田がビルドに反映し、スクエニ側で確認
  • スクエニ社内での急なプレゼンの要望に対しても最新仕様を反映
  • 特にプロジェクト初期のプロトタイピングとイタレーションにおいて効果を発揮
  • Unityのビルドそれ自体がコミュニケーションツールと化したことでスクエニ/たゆたう間の信頼関係の構築に寄与

このようにUnityを使用したプロジェクトならば、ゲームの仕様考案と実装を繋ぐ部分で中心的な役割を果たせると思います。ご連絡いただければ代表の下田ともう1名の参加実績やスキルについて詳細なご説明を差し上げられますので、是非ともお気軽にご相談ください。

弊社の業務内容について〜ご相談承ります〜

クライアントと仕事に恵まれたため、積極的に広報をして来なかったのですが、社員が1人増えたこともあり、新たにできることも増えたので改めて多くの人に知って貰えるように紹介記事を書くことにしました。

社名について

degGと書いて「デグジー」と読みます。登記上はdegGですが読めない人が多いので、今後オフィシャルな表記は全て「デグジー」に変えるつもりです。

温度や角度など「°」という記号で表される物事の度合いや単位を示す英単語、DegreeとGameの頭文字Gを掛け合わせました。「ゲームの楽しさを表す単位」くらいの意味づけですが、そんなものは後付けで、実は特に意味もないし特に思い入れもありません。会社の登記について相談していた友人が何故か豹変して「早く登記してください。早くしないとやる気がないとみなしますよ。」と詰め寄って来て半ばその人に脅されるような形でその場で2人で社名を決めました。なので本当に何の思い入れもありませんし、何の願いも込められてません。

かといって社名を変えることも特に予定はしてません。ようするに

どうでも良いです。

スタッフについて

代表でゲームデザイナーの下田賢佑ともう1人、ゲームデザイナーで2Dアーティストを兼任する20代のスタッフがいます。この記事は下田賢佑が書いてます。

下田賢佑の経歴についてはこのインタビュー記事が、最近なにやってるかについては私が書いたこの記事でわかると思います。

また、2人ともサウンドデザインと作曲のスキルがあり、ゲームのサウンドに関する仕事は一通りできます。

対応できる業務内容について

ゲームデザイン

ゲームプレイに関する仕事ならなんでもできます。
企画段階から参加してUnityにおける実装作業(コーディング含む)を製品リリースまでというケースもありますし、αテスト、βテスト段階でのレビューやコンサルとして一時的に参加することもあります。ご相談次第で如何様にも対応できます。

ストーリー・演出

ジャンルを問わず、ストーリー(シナリオ/脚本)の執筆ができます。3Dゲームのカットシーン(キャラクターの演技とカメラワーク)の作成は、Unityでのワークフローの構築やエディタの実装を含めて全てできます。

2Dアート

2Dゲームのキャラクター、背景デザイン及び一枚絵イラストの作成。これはアーティストの得手不得手がありますのでひとまずご相談ください。

音楽・効果音制作

対応できるジャンルは

  • バイオレンスやアクション、ホラー向けのメタル/エクストリーム系
  • 幻想的・非現実的なシーン向けのエレクトロニック・アンビエント
  • 両者を合わせたインダストリアルロック

です。ファンタジーRPGのようなオーケストラアレンジや生オケの録音は対応できません。

効果音作成については、

市販の素材集に収録されたものをそのまま納品して来るような会社さんがありますが

弊社は絶対そのようなことはしません。また、Unityへの実装までできるので御社のプログラマーの手を煩わせることはありません。

記事執筆

商業メディア向けにこのような記事を書いたりもしています。

人材育成

前述のリンク先記事にある通り、下田賢佑はデンマークで行われる国際的なアクセラレータープログラムのメンターを2年続けて務めています。(今年度も参加が決まってます。)ゲームデザイナーのスキルアップや企画コンサルティング、学校での講義などの依頼も対応できます。

とにかくご相談ください

ゲームの仕事は形が決まりきったものではないので、相談を重ねる中で柔軟に業務を分担していくことが大事だと思ってます。まずはお気軽にご相談ください。twitterのDMでもOKです。

弊社は1万円からでも仕事を請けます。

39歳になった。

昨年から毎年誕生日に今やっていることや思っていること、一年前と比べて変わったこと、この一年間にあったことなどについて書くことにした。

39歳という年齢について

 
30代最後の歳。1年前は「肉体的な老化が全く進まない」と書いたが、体力の低下を少し実感するようになって来た。また、客観的な評価として40歳になったら色んなところで言い訳が効かなくなる。それだけ40という数字は大きい。多分40代への準備をする歳になると思う。ただ、何かを諦めることとは同義ではないと思っている。

開発に参加したゲームが1つリリースされた。

ちょいちょいドラえもん」というカジュアルなパズルアクションゲーム。
ゲームデザインとレベルデザインで参加した。特にリリース時に実装されたレベルのほとんどを1人で作ったが、そこまで集中的にレベルデザインをするのは久しぶりの経験で面白かった。

会社で1人雇用した。

業界未経験のゲームデザイナー。一昨年末に無償のインターンでの研修を続け、昨年8月から業務委託契約で上記のちょいちょいドラえもんのレベルデザインに参加して貰って、4月から社員として入社して貰った。その人と出会ってから採用についての考え方が大きく変わった。それまでは自力でUnityやプログラミングを学んでインディーゲームを作ってるような人を優先的に採用したいと思っていたが、今ではそのような経歴でさえ学歴と同等の評価軸の一つでしかないと思っている。(無論、学歴と同様には評価する。)ゲームデザインは、ロジカルなサイエンスであると同時に、人の感情の機微を取り扱うアートでもある。そのような複雑さに対する適性は1種類の能力や実績で測れるものではない。その社員の能力を一言で表す言葉を僕は知らないが、強いて言えばゲームが作れると判断した。それは可能性があるかもしれないと言った話ではなくはっきり断言できるレベルで。残念ながら弊社にはまだ「可能性があるレベル」の人間を雇用する余裕はない。今はクライアントの仕事をしながら空いた時間に自身の企画で1つゲームを作って貰っている。

最近やってる仕事。

 
クライアントの仕事をやりつつ、プロデューサーとしてまたテクニカルディレクターとして先述した社員のゲームをサポートしている。そのゲームを確実に完成させてリリースしたいため、自分自身のゲームの企画は一旦保留している。人の作品を俯瞰する立場になって、初めて自分の過去の失敗の原因が見えて来たりもする。自分自身が企画や開発から離れるつもりは全くないし、今やってることは自分の次の作品に繋がると思っている。また、クライアントの仕事でもUnityのC#のコードを書く時間は明らかに減ったが、例えばCity Engineで広大かつ軽量な都市景観モデルの自動生成スクリプトを書いたり、それをインポートしたUnityのシーンを最適化したりテクニカルアーティスト的な仕事をしている。仕事のジャンルや立場がどんなに変わっても技術と離れることはないと思っている。

批判的な意見について思うこと。

 
一般的な意味で仕事というのは型に嵌めることだと思う。けどゲームを作る仕事というのは、最初に企画が必要で、企画というのはその時点では仕事の型に嵌らない。好きなものを作るのが正しい時には趣味との境が曖昧になる。そういう形のないお金にならないことをやっていると「遊んでる」とか「ふらふらしてる」とか身近なところから批判的な意見が聞こえる。で、1年前ならそういうのは100%無視したが、今だと「あなたの価値観であなたの好きな言葉を使って表現する限りはそういう話になるんだろう。」と理解した上で受け入れることとしている。受け流すのとも違う。とりあえず受け入れる。何も分かっちゃないなあとは思うけど、評価というのは常に他人から下されるものであり、また常に適切な理解が伴うとは限らない。それは仕事という公的な活動をする限りどこまでもついて回る。特に今は1人の社員がいて、金融機関からも融資して貰って、もう会社は僕だけのものじゃなくなっている。

MANOWARのジョーイ・ディマイオと会って話をした。

後に公式に撤回されたが一番好きなヘヴィ・メタルバンドのMANOWARが今度のツアーでバンド活動を終えると言ってたので4月のコペンハーゲン公演を観に行った。それだけでなく、日本円にして24万円ほどのUltimate Fan Experienceというアップグレードチケットを購入した。これによって楽屋で憧れのジョーイ・ディマイオと会えることとなった。
彼と初めて会って何より驚いたことは、彼がとても物腰が柔らかくて紳士的だったこと。憧れのスターを前に緊張した僕に対する気遣いというものが伝わって来た。MANOWARは日本と海外での人気に落差があるため、2014年以来全く来日の機会がない。来日の可能性について話すと「君みたいなコアなファンが署名を募ってプロモーターに働き掛けてほしい」と言っていた。Twitterなど見る限りMANOWARへの関心があまりにも低い状況でいきなり署名運動をして効果があるとは思えないため、やるなら戦略的に行いたいし他の方法も検討した方が良いとは思うが、とりあえずMANOWARの来日実現のために何らかの力添えするというのは一つの使命として承ったつもりである。必ず何かはやろうと思う。

映画館に行くようになった。

 
映画好きの母が色々と公開中の作品を見つけては誘ってくれるようになったこともあり、映画館に行く頻度が増している。
昨年観た新作のリストはこちら
こうして見ると昨年はそこまで多くないのだが、今年は明らかに昨年を上回りそうなペースで観に行っている。
今の所海獣の子供が今年のベスト作品候補。

音楽を作っている。

ジョーイ・ディマイオとの面会で触発されたこともあるが、音楽に割く時間が増えている。自分のゲームの企画を保留してることもあり、金になるかどうかは関係なく何か確実に自分1人で完成させられるものを作りたくなった。そしてそれはゲームではなく音楽という結論に至った。ギターは13歳から弾いてるが、この歳になってようやく指板の上に音が見え始めるようになった。音作りやミックスの勘所も分かって来た。年内には10曲以上まとめて発表できると思っている。音楽を続けているおかげで仕事で上手く行かないことがあっても、充足感を忘れずに日々を過ごすことができている。

次の1年でやりたいこと。

最近フットサルに誘われるようになったので継続して参加したい。また、読書の時間をもっと増やしたい。

38歳になった。

7月2日に38歳となった。これから毎年、誕生日に今やっていることや思っていること、一年前と比べて変わったことなどについて書くことにする。何年か経ってからまとめて見返すと状況の変化や価値観の変遷が確認できると思う。

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最終的に得られた物は何か〜デンマークでのアーティストインレジデンス体験記(4)〜

デンマークのアーティストインレジデンス体験記第3回(バックナンバー:第1回第2回第3回)
当初の締め切りであった5/15は過ぎたが、日本時間で土曜日の16時まで締め切りを伸ばしたらしいので、迷ってた人は応募して欲しい。締め切りを伸ばすということはもう少し応募者が欲しいのであろう。既に何かを作ってる人ならば応募に必要な5ページの企画書も1日で準備できるはずだ。(おそらく内容の大半はストーリーボードやスクリーショットになるだろうから。)

個別面談で分かった新たな課題

最終日のピッチが終わると、あらかじめ希望していた2人の審査員と個別面談ができた。まずは大手パブリッシャーのヨーロッパ支社のビジネスデベロップメントマネージャーから。海外では評価の分かれるトゥーンシェーダーのキャラクターについての感想を聴いたら、好印象だったようだ。「ノーモアヒーローズ」や「キャサリン」を思い出させると。(こういうことがあるとトゥーンシェーダーのゲームで海外市場を開拓してくれた先人達に敬意が湧いてくる。)また、ピッチの中ではあえて予算を見せなかったのだが、僕が想定していた1億円以上の予算については、「インディーでもこのくらいは当然。5億円かかってるゲームもある。」という反応だった。ただし、ゲーム内容にはついてはSteamで埋もれない特徴がもっと欲しい、また今回でっち上げたようなスクリーンショットじゃなくて実際のゲーム画面のグラフィックスを観たいということで、引き続き連絡取り合うことにした。次に会ったのは北欧の映画向け投資会社のゲーム部門の担当者だった。この方もやはり同様にゲーム内容についてもうちょっと知りたいとのこと。これはプロトタイプも見せられないんじゃ当然の反応だと思う。そして「既に何かリリースしているチームを探している」と言われた。僕はこれに該当しない。「そもそもチームを作るお金もないのだ。」と言ったら「無償で参加してくれる友達を見つけるんだ。」と言われた。これは身も蓋もないと感じたが、そもそもインディーゲームというのは友人同士の活動から始まると考えると当たり前の感覚なのだろう。しかし、僕のような株式会社として最初からビジネス目的でやってるとどうしても「無償で参加して欲しい」とは言えない。会社の仕事と完全に切り離してまずは余暇活動として始めるという手もあるのだが、それが出来るのは20代前半のうちだろうなあと感じる。とは言え、最初に話した大手パブリッシャーの人も「今は一人で作ってるのか?」とその辺のことを気にしていた。確かに、投資する側としてはチームとして最後まで作りきれる体制になってるかはリスクとして重視するだろう。会社に人雇ってチームというものを作らなきゃいけない、人を雇うためにこれまで1人でやって来た仕事を複数人の仕事にスケールアウトして行かなきゃならない。まずはそれからだ。それまでずっとDIY精神で1人でやって来たところから大きく価値観と方針が変更された。自分のプロジェクトについてすぐに資金調達とならなくても、これでデンマークまで来た意味があったというものだ。この日の夜には、審査員が選んだ受賞者の発表があった。僕は選ばれなかったが、それは大した問題ではない。余談だが、授賞式の後のパーティで審査員の1人だった日本の某有名広告代理店の方が「僕が興味を持った作品は最終的には選ばれなかった。選ばれなかった作品にも良いものはある。」と言ったので、「受賞することが目的じゃなくて最終的に資金調達できるかどうかなので、継続的にやるべきことをやるだけですよ。」というようなことを話したら、「必要な努力が違うのは分かる。けど資金調達目的とした仕事は続けながらも、ここではここ用にウケるもの用意して受賞もできちゃったらそれはカッコいいんじゃない?両方目指しても良いんじゃない?とても難しいことだって分かるけど。」と言われた。皆が知ってるあの会社のパワーを垣間見た気がした。特徴的な社風とか僕と絶対合わないと思うけど、その「総取り」の精神は見習いたいとは思った。

帰国の前日は半日オフだったのでとにかく色んな所を歩き回った。本当に住みたいと思わせる街。

アニメーションフェスティバルの目玉となった手塚治虫展。日本のアートが尊敬されていることを忘れてはならない。先人たちの努力を無駄にしてはならない。

「この世界の片隅に」の展示

街の名物である大聖堂の中

その大聖堂に隣接するギャラリーではガンダムのコンセプトアートの展示。これは嬉しい。

結局今は何をしてるのか

 
実の所、帰国してから自分のプロジェクトは全くと言って良いほど進んでない。契約している他社プロジェクトの仕事に意識を集中させていた。それも絶対に失敗するわけにはいかない。前に作ってたゲームを開発中止にしたことなどの影響により、会社の財務も酷い状況になっていたので、それを整理することに時間を割いたりもした。また、1人でやってた会社をチームとして編成するためにインターンの募集してその指導にあたっていた。そして最近ようやく少しずつまたプロジェクトの方に時間を割けるようになった。なかなか道のりは遠いが、前のプロジェクトと違って焦燥感はない。以前はUnityですぐにプロトタイピングして、それがすぐにゲームとして完成するかのような錯覚に囚われていたのだが、心落ち着くデンマークのあの環境の中で、焦らずに企画の段階からじっくり考えること、様々な検証をすることを学ぶことができた。この記事を書いてるたった今決まったことなのだが、今年のNipponNordicにはスタッフとして参加できることになりそうだ。そこでも昨年と同様にパブリッシャーと出会う機会があるはずなので、今度こそはプロトタイプを見せたいと思っている。チーム編成についてもArsenaletに入居しているフリーランスのアーティストやThe Animation Workshopの学生の中に一緒にやれる人がいないか探してみるつもりだ。将来的にViborgに支社を作るつもりで、継続的に関係を深めていきたい。このようにアーティストインレジデンスの経験は、その場で完結するものではなくその後のキャリアに長期的にポジティブな影響があると思う。もし今年の応募に間に合わなくても、これを読んで興味を持ったなら来年への参加もじっくり検討して欲しい。時間を割いて4回に渡って書いたこの体験記が誰かの役に立ったら幸いである。なお、当時のTwitterのログを見ると向こうでの暮らしぶりなど参考になると思う。ここに載せなかった画像も見られる。